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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)174号 判決

名古屋市瑞穂区下坂町2丁目36番地

原告

株式会社スター精機

同代表者代表取締役

塩谷陽右

同訴訟代理人弁理士

伊藤研一

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

同指定代理人

土井清暢

宮崎侑久

中村友之

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第19489号事件について平成4年7月9日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「マニュプレータ」とする発明(その後、「成型品自動取出し機の上下駆動装置」と訂正)について、昭和63年4月20日、特許出願(昭和63年特許願第97875号)をしたところ、平成2年9月28日、拒絶査定を受けたので、同年11月1日、審判を請求をした。特許庁は、この請求を平成2年審判第19489号事件として審理した結果、平成4年7月9日、上記請求は成り立たない、とする審決をした。

2  特許請求の範囲第1項に記載の発明(以下「本願発明」という。)

「射出成形機に取付けられた本体フレーム上を長手方向へ移動可能に支持された走行体と、走行体を往復運動させる走行駆動部材と、走行体に、本体フレームの長手方向と直交する前後方向へ延びるように取付けられた前後フレームに、前後方向へ移動可能に支持された前後フレームと、前後フレームを往復移動させる前後駆動部材と、前後フレームに取付けられ、成型品を保持するチャック部材を所定の距離にて上下方向へ移動させる上下駆動装置とからなる成型品自動取出し機において、

上下駆動装置は、

前後フレームに対してチャック部材の上下移動距離の1/2の距離にて上下方向へ移動可能に支持された第1の可動フレームと、

チャック部材の上下移動距離のほぼ1/2の軸線長さで、ロッドが第1の可動フレームに固定されたシリンダーと、

第1の可動フレームの上端部および下端部に回転可能に支持された一対のプーリに張設されるとともに一部が前後フレームに固定されたベルトと、

第1の可動フレームに対してチャック部材の上下移動距離の1/2の距離にて上下方向へ移動可能に支持されるとともにベルトの一部が固定された第2の可動フレームと、

からなることを特徴とする成型品自動取出し機の上下駆動装置。」(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項のとおりである(なお、上記特許請求の範囲第1項記載中の各「前後フレーム」とある記載部分のうち、「本体フレームの長手方向と直交する前後方向に延びるように取付けられた前後フレーム」以外の「前後フレーム」は全て「前後走行体」の誤記であると認め、その旨、要旨を認定した。)

(2)  引用例(特開昭53-109366号公報)には、第5図に水平方向と垂直方向のランス機構を一体に組み合わせたものが記載されている。そして、垂直方向のランス機構は第1~第3垂直ランスの3段からなっているが、3段は1例にすぎず、2段でよいことは自明であり、また、ローラチェーンに代えてベルトを用いてもよいとの記載からすると、その場合ローラチェーン用スプロケットがベルト用プーリになることも自明である。

したがって、引用例には、水平方向へ移動可能に支持された部材(符号はない。第5図で第2水平ランス20の先端に取り付けられたもので、水平ランス機構の本体8に対応するもの)と、部材を往復移動させる駆動部材(モータ14、減速機13、ウォームギャ11、一対のプーリ15、ベルト16等からなり、第2水平ランス20を移動させるための手段)と、部材に取り付けられ、物品を保持するアタッチメント6を所定の距離にて上下方向へ移動させる上下駆動装置であって、上下駆動装置は、部材に対してアタッチメント6の上下移動距離の1/2の距離にて上下方向へ移動可能に支持された第1垂直ランス(符号はない。水平方向ランス機構の第1水平ランス9に対応するもの)と、アタッチメントの上下移動距離のほぼ1/2の距離を移動する止め金具(符号はない。水平方向ランス機構の止め金具17に対応するもの)が第1垂直ランスに固定された駆動手段(符号はない。水平方向ランス機構のモータ14、減速器13、ウォームギャ11、一対のプーリ15、ベルト16等からなる駆動手段に対応するもの)と、第1垂直ランスの上部及び下部に回転可能に支持された一対のプーリ(符号はない。水平方向ランス機構のプーリ22に対応するもの)に張設されるとともに一部が部材に固定されたベルト(符号はない。水平方向ランス機構のベルト21に対応するもの)と、第1垂直ランスに対してアタッチメントの上下移動距離の1/2の距離にて上下方向へ移動可能に支持されるとともにベルトの一部が固定された第2垂直ランス(符号はない。水平方向ランス機構の第2水平ランス20に対応するもの)と、からなることを特徴とする上下駆動装置が記載されている(別紙図面2参照)。

(3)  両者を対比すると、引用発明の「水平方向へ移動可能に支持された部材」の「水平方向」は、方向の定め方によって「前後方向」となるので、「水平方向へ移動可能に支持された部材」は、本願発明の「前後方向へ移動可能に支持された前後走行体」に相当し、また、引用発明の「駆動部材」、「第1垂直ランス」、「第2垂直ランス」及び「アタッチメント」がそれぞれ本願発明の「前後駆動部材」、「第1の可動フレーム」、「第2の可動フレーム」及び「チャック部材」に相当している。

したがって、両者は、前後方向へ移動可能に支持された前後走行体と、前後走行体を往復移動させる前後駆動部材と、前後走行体に取り付けられ、物品を保持するチャック部材を所定の距離にて上下方向へ移動させる上下駆動装置であって、上下駆動装置は、前後走行体に対してチャック部材の上下移動距離の1/2の距離にて上下方向へ移動可能に支持された第1の可動フレームと、第1の可動フレームの上部及び下部に回転可能に支持された一対のプーリに張設されるとともに一部が前後走行体に固定されたベルトと、第1の可動フレームに対してチャック部材の上下移動距離の1/2の距離にて上下方向へ移動可能に支持されるとともにベルトの一部が固定された第2の可動フレームと、からなることを特徴とする上下駆動装置である点で一致する。

これに対し、本願発明は、チャックで保持する物品が射出成形機で成形された成型品であり、射出成形機に取り付けられた成形品自動取出し機の上下駆動装置であるのに対して、引用発明にはこのような限定はない点(相違点〈1〉)、本願発明は、射出成形機に取り付けられた本体フレーム上を長手方向へ移動可能に支持された走行体と、走行体を往復移動させる走行駆動部材と、走行体に、本体フレームの長手方向と直交する前後方向へ延びるように取り付けられた前後フレームとを備え、前後フレームに前後駆動部材と前後走行体とを設けているのに対し、引用発明は、このような前後フレームに前後駆動部材と前後走行体とを設けたものではなく、前後走行体が前後方向と直交する方向である長手方向に移動しないものである点(相違点〈2〉)、本願発明では、第1の可動フレームを上下駆動するアクチュエータがシリンダーであり、ロッドを第1の可動フレームに固定しているのに対し、引用発明では、第1の可動フレームを上下駆動するアクチュエータがシリンダーではない点(相違点〈3〉)、本願発明では、一対のプーリを支持している箇所が第1の可動フレームの上端部及び下端部であるのに対し、引用発明では、その箇所が第1の可動フレームの上部及び下部である点(相違点〈4〉)、においてそれぞれ相違する。

(4)  相違点〈1〉についてみると、成形機に取り付けられ、チャックで成型品を保持する成型品自動取出し機は、周知(例えば、特開昭49-13861号公報、特開昭57-163762号公報等参照)であり、また、成形機として射出成形機も周知であるので、引用発明を射出成形機に取り付けて、成型品自動取出し器とすることは、当業者にとって、格別困難なこととはいえない。

相違点〈2〉及び〈3〉についてみると、マニピュレータにおいて、本体フレーム上を長手方向(X軸方向)へ移動可能に支持された走行体と、走行体を往復移動させる走行駆動部材と、走行体に、本体フレームの長手方向と直交する前後方向(Y軸方向)へ延びるように取り付けられた前後フレームに、前後方向へ移動可能に支持された前後走行体と、前後走行体を往復動させる前後駆動部材と、前後走行体に取り付けられチャック部材等のエンドエフェクタを上下方向(Z軸方向)へ移動させる上下駆動装置とからなる直交座標形マニピュレータは、周知であり、また、直交座標形マニピュレータにおいて、上下方向へ移動させるアクチュエータとしてシリンダを用いることも周知である(例えば、特開昭49-13861号公報、特開昭55-58992号公報、特開昭57-163762号公報等参照。)。

よって、引用発明において、その前後走行体を前後方向(Y軸方向)だけでなく長手方向(X軸方向)にも移動できるように、本体フレーム上を長手方向へ移動可能に支持された走行体と、走行体を往復移動させる走行駆動部材と、走行体に、本体フレームの長手方向と直交する前後方向へ延びるように取り付けられた前後フレームとを備え、前後フレームに前後駆動部材と前後走行体とを設けることは、当業者にとって、格別困難なことではなく、また、相違点〈1〉について述べたとおり、本体フレームを射出成形機に取り付けることは当然に行われることである。

また、引用発明において、その第1の可動フレームを上下駆動するアクチュエータとしてシリンダを採用し、この採用に際してロッドを第1の可動フレームに固定するようにすることも、当業者にとって、格別に困難なこととはいえない。

相違点〈4〉についてみると、引用発明において、一対のプーリーを支持する箇所として上端部及び下端部を選ぶことは、適宜必要に応じてなし得る設計上の選択程度のことである。

そして、本願発明の要旨とする構成によってもたらされる効果も、引用発明及び周知技術から当業者であれば予測できる程度のものであって、格別のものとはいえない。

(5)  よって、本願発明は、引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項により特許を受けることができない(本願は、特許請求の範囲第2項記載の発明について検討するまでもなく拒絶されるべきものである。)。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)ないし(4)は認めるが、同(5)は争う。審決は、本願発明の要旨認定を誤り、本願発明の第1、第2の可動フレームに関する構成に即した対比判断を遺脱しながらその進歩性を否定したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

審決は、本願発明の要旨認定において、第1、第2の可動フレームの上下方向長さについて何ら言及していないが、本願発明においては、第1、第2の可動フレームの上下方向の長さが「チャック部材の上下移動距離のほぼ1/2」と限定されているものであり、この点において審決は、本願発明の要旨認定を誤ったものである。すなわち、特許請求の範囲第1項の第1、第2の可動フレームに関する「チャック部材の上下移動距離の1/2の距離」における下線部分は、上記の各可動フレームの部材長がチャック部材の上下移動距離の「ほぼ1/2の長さ」であることを意味しているものである。

すなわち、本願発明の当初明細書、平成1年11月10日付け手続補正書及び同2年8月22日付け手続補正書(以下、一括して「本願明細書」という。)並びに添付の図面によれば、本願発明の第1、第2の可動フレームの部材としての長さが上記のとおり限定されていることは、以下のとおり明らかである。本願明細書には、本願発明の課題に関し、「チャック部材を上下方向へ長いストロークで移動させるには軸線方向が長いシリンダを使用しなければならず、装置の高さが高くなっている。このため、天井の高さが低い工場内に配置することが出来なかった。」(甲第3号証2頁左下欄12行ないし16行)、「(複数本の上下シリンダを直列的に連結した)機構においては、上下動するシリンダ自体が重量化することにより停止時にチャック部材が大きく振動する問題を有している。」(同頁左下欄17行ないし右下欄1行)等の記載があり、これらの記載からすると、本願発明は、従来技術における装置の高さが高くなること及びチャック部材を上下動させる機構が重量化することの欠点の解消を課題としたものである。また、本願明細書には、本願発明の目的に関して、「短いストロークの駆動手段を使用してチャック部材を長い距離にて移動させることが可能なマニュプレータの移動機構を提供することにある。」(甲第3号証2頁右下欄7行ないし10行)、「チャック部材移動機構の小型化及び軽量化させることが可能なマニュプレータの移動機構を提供することにある。」(同頁右下欄11行ないし13行)、「短いストロークの駆動手段を使用してチャック部材を長い距離にて上下動させることが可能な成型品自動取出し機の上下駆動装置を提供することにある。」(甲第5号証4頁15行ないし18行)、「上下駆動装置の重量を低減して走行体に作用する負荷を少なくしてチャック部材の移動応答性を良好にし、成型品の取出し時間を短縮することが可能な成型品自動取出し機の上下駆動装置を提供することにある。」(甲第4号証1頁7.(2)項)等の記載があり、これらの記載からすると、本願発明は、短いストロークの駆動部材を使用してチャック部材を長い距離で上下動させる、また、装置の高さを低くするとともに小型化及び軽量化を図って移動応答性に優れた成型品自動取出し機の上下駆動装置を提供することを目的としたものである。

さらに、本願明細書に記載の実施例についてみると、「前後走行体33には上下方向に軸線を有する駆動部材としての上下シリンダ35が取付けられている。この上下シリンダ35は後述するチャック部材53の移動ストロークのほぼ1/2の軸線長さからなる。」(甲第3号証4頁右上欄1行ないし5行)、「上下ガイド部材37には下端が前記上下シリンダ35に連結された可動フレーム39が上下方向へ摺動可能に支持されている。」(同頁右上欄7行ないし10行)、「前記ガイド部材47には断面がほぼコ字型の取付フレーム49が上下方向へ摺動可能に支持され、・・・」(同頁左下欄3行ないし5行)、「・・・上下シリンダ35が軸線下方へ作動されると、該上下シリンダ35に連結された可動フレーム39が下方へ移動される。このとき、歯付きベルト43の一部が前後走行体33に固定されているため、可動フレーム39の移動に伴って歯付きプーリ41が所要の方向へ回転されることにより歯付きベルト43が下方に向って移動される。前記歯付きベルト43が第6図に示す実線矢印のA方向へ移動されると、該歯付きベルト43に固定された取付フレーム49が下方へ移動され、これにより前記チャック部材53は上下シリンダ35の作動に伴って該上下シリンダ35のストローク及び歯付きベルト43の移動距離に応じたストロークにて下動される。」(同頁右下欄3行ないし17行)、「上下方向に対するチャック部材53の移動距離のほぼ1/2の軸線長さからなる上下シリンダ35を使用して前記チャック部材53の所定の上方位置と下方位置との間にて移動されることができ、装置の高さを低くすることが可能である。また、装置全体の小型化及び軽量化を達成し得る。」(同5頁右上欄18行ないし左下欄4行)等の記載があり、また、第4図には、上下シリンダ35の軸線長さALに対し、上下長さが約0.92ALの可動フレーム39が、また、約0.77ALの取付フレーム49がそれぞれ示されている。

以上の各記載から明らかなように、本願発明の上下駆動装置を構成する各部材は、その高さを低くするとともに、小型化及び軽量化を図るためには、必要最小限の大きさ(長さ)でなければならないことは明らかであり、このことからも、本願発明の第1、第2の可動フレームは、その上下長さがチャック部材の上下移動距離のほぼ1/2と限定されていることは明らかである。

また、本願発明の第1、第2の可動フレームの上下長さがチャック部材の上下移動距離の「ほぼ1/2」と認定されるべき理由は以下のとおりである。本願明細書には、「・・・チャック部材が駆動部材の移動距離及び移動速度のほぼ2倍で移動される。」(甲第5号証6頁4、5行)と記載されていることから、駆動部材の移動距離に対するチャック部材の移動距離自体が多少の誤差を許容している。この事実からしても、「チャック部材の上下移動距離の1/2」と厳格に規定することはできない。さらに、第5図の上下駆動装置の第1の可動フレーム(実施例の可動フレーム39)は、機構的には前後走行体に対して上部のプーリ下端と下部のプーリ上端との間に位置するベルトの上下長さで、また、第2可動フレーム(実施例の取り付けフレーム49)も同様に、第1可動フレームに対して両者間のベルトの上下長さで移動するように支持されている。すなわち、チャック部材の上下移動距離はあくまでプーリ間に張設されたベルトの長さの2倍になり、またシリンダの軸線長さもチャック部材の上下移動距離の1/2となる。しかし、実際には、前後走行体及び第2可動フレームに対してベルトを固定するための金具の取り付けスペースを考慮しなければならないので、第1、第2可動フレームの上下移動距離はプーリ間におけるベルトの上下長さより若干短くなるのである。以上の点を考慮して、前記のとおり「ほぼ1/2」としているのである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因に対する認否

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

2  反論

本願発明の第1、第2の可動フレームに関する審決の認定に誤りはない。すなわち、

本願発明の特許請求の範囲第1項における「前後走行体に対してチャック部材の上下移動距離の1/2の距離にて上下方向へ移動可能に支持された第1の可動フレーム」との記載は、文言どおり、第1の可動フレームの移動距離がチャック部材の移動距離の1/2であることを意味するものである。原告は、上記の「上下移動距離の1/2の距離」は、「第1の可動フレームの部材の長さ」を意味すると主張するが、以下に述べるとおり、失当である。まず、本願明細書において、部材の長さを意味する場合については、本願発明の特許請求の範囲第1項中の「チャック部材の上下移動距離のほぼ1/2の軸線長さで、ロッドが第1の可動フレームに固定されたシリンダー」、「本体フレーム3は水平方向が成型品の取出位置と開放位置とに至る長さからなり」(平成1年11月10日付け手続補正書)などと、上記下線部分の「長さ」と表現されており、「距離」とは表現されていない。また、特許請求の範囲第1項中の「前後走行体に取付けられ、成型品を保持するチャック部材を所定の距離にて上下方向へ移動される上下駆動装置」の「所定の距離にて上下方向へ移動」という表現は、前記の「上下移動距離の1/2の距離にて上下方向へ移動可能」と同様の表現であり、そして、上記「所定の距離にて上下方向へ移動」の「距離」は部材の長さではなく、部材の移動距離を意味することは明らかである。したがって、上記の「上下移動距離の1/2の距離」の「距離」とは、第1の可動フレームの移動距離を意味するものであると解釈しても本願発明の構成が不明瞭となるものではないので、上記「距離」とは、第1の可動フレームの移動距離を意味するものと解釈すべきであって、上記の「距離」だけ第1の可動フレームの部材長さを意味するものと解釈すべき理由はない。そして、以上の第1の可動フレームについて述べたことは、第2の可動フレームについても同様であり、「第1の可動フレームに対してチャック部材の上下移動距離の1/2の距離にて上下方向へ移動可能に支持されるとともにベルトの一部が固定された第2の可動フレーム」における「上下移動距離の1/2の距離」の「距離」は、第2の可動フレームの移動距離を意味するものと解釈すべきである。

また、原告は、「前後走行体に対してチャック部材の上下移動距離の1/2の距離にて上下方向へ移動可能に支持された第1の可動フレーム」及び「第1の可動フレームに対してチャック部材の上下移動距離の1/2の距離にて上下方向へ移動可能に支持されるとともにベルトの一部が固定された第2の可動フレーム」の各「1/2」は、「ほぼ1/2」を意味すると主張するが、失当である。まず、本願明細書において「ほぼ1/2」を意味するものについては、「チャック部材の上下移動距離のほぼ1/2の軸線長さで、ロッドが第1の可動フレームに固定されたシリンダー」と明確に表現されている。そして、第1の可動フレームは前後走行体に対し、また、第2の可動フレームは第1の可動フレームに対し、チャック部材の上下移動距離の丁度「1/2」の距離を移動するものであるので、上記の「1/2」は、文字どおり「1/2」を意味するものと解釈すべきであって、「ほぼ1/2」と解釈しなければ不明瞭となるものでもない。したがって、前記の各「1/2」は、文字どおり「1/2」と解釈すべきであって、「ほぼ1/2」を意味するものと解釈すべき理由はない。

以上のとおりであるから、第1、第2の可動フレームに関する審決の解釈に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

本願明細書、すなわち、いずれも成立に争いのない甲第3号証(当初明細書)、同第5号証(平成1年11月10日付け手続補正書)及び同第4号証(平成2年8月22日付け手続補正書)によれば、本願発明の概要は、以下のとおりであると認められる。

本願発明は、射出成形された成型品の自動取出し機に関し、特に、成型品を保持するチャック部材を短いストロークの駆動部材によって長い距離及びほぼ倍の速度で上下動することができる上下駆動装置に関する発明である。成型品を保持するチャック部材を上下動する上下駆動装置に関する従来技術においては、前後方向へ延びるフレームに走行可能に支持された前後走行体に、上下シリンダあるいはチャック部材が噛合わされた上下方向に軸線を有する送りネジを取り付け、前記の上下シリンダの作動あるいは送りネジの回転に伴って前、記のチャック部材を所定の上方位置と下方位置との間で移動させていた。このため、上下シリンダを採用した装置にあっては、軸線方向に長いシリンダが必要となるため、装置の高さが高くなり、天井の低い工場には配置できないという欠点があった。また、このような欠点を解決するために、複数本の上下シリンダを直列的に連結した機構が提案されているが、この機構では、シリンダ自体の重量化が避けられず、作業効率の低下等の問題点を有した。また、送りネジを採用した機構においても、上記と同様の欠点を有していた。そこで、本願発明においては、上記のような問題点を解決すべく、特許請求の範囲第1項記載の構成を採択したものである。

3  取消事由について

原告は、審決の本願発明の要旨認定中、本願発明の特許請求の範囲第1項中の「前後フレーム(後記のとおり「前後走行体」の誤記である。)に対してチャック部材の上下移動距離の1/2の距離にて上下方向へ移動可能に支持された第1の可動フレーム」及び「第1の可動フレームに対してチャック部材の上下移動距離の1/2の距離にて上下方向へ移動可能に支持されるとともにベルトの一部が固定された第2の可動フレーム」に係る部分は、第1、第2の可動フレームの「部材の長さ」をチャック部材の上下移動距離の「ほぼ1/2」と規定したものであるとし、審決の前記要旨認定を争うので、以下、この点を検討する。

(1)  発明の要旨認定は、特許法36条5項2号の規定に照らすと、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきものであり、特許請求の範囲の記載の技術的意義を一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎないものというべきである(最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁参照)。

そこで、以下、上記の観点から検討するに、本願発明の特許請求の範囲第1項の記載が請求の原因2記載のとおりであることは当事者間に争いがない(なお、上記特許請求の範囲第1項記載中の各「前後フレーム」とある記載部分のうち、「本体フレームの長手方向と直交する前後方向に延びるように取付けられた前後フレーム」以外の「前後フレーム」が、いずれも「前後走行体」の誤記であることは当事者間に争いがなく、上記部分が「前後走行体」の誤記であることは、前記特許請求の範囲の記載自体に照らし一見して明らかである。)。

そして、原告が要旨認定の誤りを主張する部分の特許請求の範囲第1項の記載をみるに、当該部分の記載が「前後走行体に対してチャック部材の上下移動距離の1/2の距離にて上下方向へ移動可能に支持された第1の可動フレーム」(以下、便宜「〈1〉の記載」という。)及び「第1の可動フレームに対してチャック部材の上下移動距離の1/2の距離にて上下方向へ移動可能に支持されるとともにベルトの一部が固定された第2の可動フレーム」(以下、便宜「〈2〉の記載」という。)であることが明らかである。

そこで、以下、上記〈1〉、〈2〉の記載の技術的意義について検討する。まず、前記特許請求の範囲第1項の記載によれば、本願発明は、その基本的な構成を、長手方向に移動可能に支持された走行体、これと直交する前後方向に移動可能に支持された前後走行体、及び、成型品を保持するチャック部材を上下方向に移動させる前後走行体に取り付けられた上下駆動装置の3つの部材からなる成型品の自動取出し機における上下駆動装置に関する発明であることが明らかである。そして、〈1〉の記載は、上下駆動装置の構成要素である第1の可動フレームの構成を規定したものであり、その構成は、上記の記載によれば、上下駆動装置が取り付けられた前後走行体の位置を基準にしたとき、チャック部材の上下移動距離の1/2の距離で、上下方向に移動可能に第1の可動フレームが支持されるものであることがその記載自体から明らかであり、この記載、特に「移動可能に支持された第1の可動フレーム」の下線部分の記載からすると、チャック部材の上記移動距離を基準として、第1の可動フレームの移動距離をその1/2と限定し(なお、この「1/2」が「ほぼ1/2」と認定されるべきものか否かについては後に検討する。)、もって第1の可動フレームの構成を明らかにしたものであることはその文言自体から明らかというべきである。そして、〈1〉の記載をみても、第1の可動フレームの部材としての長さや支持の具体的な方法等を規定したものとみるべき記載は何ら存しないから、本願発明における第1の可動フレームは、前記の移動距離をもってその構成を限定したものというべきである。また、このことは、以下の点からも明らかである。すなわち、特許請求の範囲第1項は上下駆動装置の構成要素である「シリンダー」にっいて、「チャック部材の上下移動距離のほぼ1/2の軸線長さで、ロッドが第1の可動フレームに固定されたシリンダー」と規定しているところ(この点は当事者間に争いがない。)、上記の記載、特に上記下線部分によれば、シリンダーの部材の長さがチャック部材の移動距離の1/2であることは疑問の余地がない。このように、特許請求の範囲第1項の記載において、部材の長さを規定する場合は「長さ」という前記の「移動距離」の場合と異なる表現で規定されているのであり、この点からみても、〈1〉の記載が第1の可動フレームの部材長を規定したもの解することはできない。

以上説示したことは、〈1〉の記載と表現方法を同じくする〈2〉の記載についても等しく当てはまるものであり、この記載についても第2の可動フレームの部材長を規定したものと解することはできない。

さらに、原告は、〈1〉、〈2〉の各記載の「1/2」は「ほぼ1/2」と認定されるべきであると主張する。しかし、上記の「1/2」との表現はそれ自体明確であり、第1、第2の可動フレームの移動距離の規定として、その技術的意義が不明確となるものでもない。しかも、特許請求の範囲第1項においては、「シリンダー」に関して前記のとおり「ほぼ1/2」と区別した表現を使用しているのであるから、原告主張のように解した場合には、かえって、上記の各規定の意義が不明確にならざるを得ない。したがって、上記の「1/2」を「ほぼ1/2」と認定しなければならない理由はない。

そして、〈1〉、〈2〉の各記載が第1の可動フレーム及び第2の可動フレームの各構成をチャック部材の移動距離を基準とし、その移動距離をいずれも1/2に限定したものと解した場合には、原理的には、すなわち、各可動フレームの支持方法等によって生ずる実際的な制約を除外して考えるならば、前後走行体に対する第1の可動フレーム及び第1の可動フレームに対する第2の可動フレームの各移動距離をそれぞれ1とした場合、成型品を把握するチャック部材の移動距離は前後走行体に対して2となることは明らかであるから、第1及び第2の可動フレームの移動距離を前記のように限定する構成を採択することにより、上下駆動装置の小型、軽量化の実現に資することは明らかであって、その技術的意義は充分に明確であり、〈1〉及び〈2〉の記載の「1/2の距離」を「ほぼ1/2の部材長さ」と解しないとしても、その技術的意義を一義的に明確に理解することができないとはいえない。

さらに、本願明細書の発明の詳細な説明を精査しても、〈1〉、〈2〉の記載部分が原告の前記主張の一見して明白な誤記であるものと認めることもできない。

(2)  原告は、請求の原因において援用した本願明細書中の各記載部分を参酌すれば、〈1〉、〈2〉の各記載部分は原告主張のとおり第1、第2の可動フレームの部材長を規定したものと認定されるべきであると主張する。

確かに、本願明細書によれば、原告援用の各記載が発明の詳細な記載中に存する事実が認められるが、本願発明の要旨認定が、その特許請求の範囲第1項の記載に基づいて、前記のとおり認定されるべきものであることは既に詳述したとおりである。そして、原告援用の上記事実が、本願明細書の発明の詳細な説明を参酌して要旨認定を行うことが許される前記の特段の事情に該当するものとも認められないことは前項に説示したところから明らかであるから、上記主張は採用できない。なお、付言すると、原告援用の本願明細書の前記各記載部分は、前記のとおり小型、軽量化の実現を可能とする構成を規定した第1、第2の可動フレームに関する審決の要旨認定と何ら矛盾するものでないことは前項に述べたところから明らかというべきである。

以上の次第であるから、本願発明の要旨の認定に当たっては、発明の詳細な説明を参酌して認定することが許される前記の特段の事情を認めることはできないのであり、特許請求の範囲第1項の記載に基づく審決の前記要旨認定に誤りはないというべきである。

(3)  したがって、審決の要旨認定に誤りはないから、要旨認定に誤りがあることを前提とする取消事由は失当であり、審決に原告主張の違法はない。

4  よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博)

別紙図面1

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別紙図面2

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